ラグビーの技術が、そのまま夫婦に生かせることが判明

楕円形のボールをゴールへ運ぶスポーツ、ラグビー。

ラグビーならではの独特なルール、それは「パスは後ろにしかつなげない」です。
ボールを持っている人は、パスする相手の姿は基本的に見えません。自分より後ろにいますからね。見えないのだけど、相手に奪われないようにパスを出さないといけない。そこで、仲間は声を出して自分の位置を伝えます。その声を頼りに、パスを出すそうです。

rugby

さて、ラグビー日本代表としてワールドカップにも出場した平尾剛さんが、最近出された著書に「近くて遠いこの身体」があります。全編を通じて、ラグビーのたのしさや、身体運用について書かれています。

この本自体、もちろん大変おもしろい内容ですが、別に夫婦のパートナーシップとは関係のないテーマです。

ところが驚いたことに、完全にラグビーの話をしているのに、まさに夫婦のコミュニケーションの要を述べている箇所があるのです。

以下、抜粋します。

どれほど的確な「指示」の声であっても、聴く耳がなければそもそも成り立たない。誰にも届かない声を出し続けることくらいしんどいことはない。やがて声を出すのがいやになり、そのことでパスがつながらずプレーが停滞する。当然のことながらチームの調子は上がらない。・・・(中略)その結果、声の出し方が形骸化する。怒られないように「出しとけばいい声」を連呼するようになる。

パスとチームについての、ラグビーの話ですね。

ではこれを、そのまま夫婦に置き換えてみましょう。

どれほど的確な「内容」の(自分の)声であっても、(パートナーに)聴く耳がなければそもそも成り立たない。誰にも届かない声を出し続けることくらいしんどいことはない。やがて声を出すのがいやになり、そのことで会話がつながらずコミュニケーションが停滞する。当然のことながら夫婦の関係は良くならない。・・・(中略)その結果、会話のし方が形骸化する。ぶつからないように「しておとけばいい会話」をするようになる。

思わず、あぁ そうか!と頷いてしまうような、夫婦のコミュニケーションについての文章になりました。

では今度は、文中の(自分の)と(パートナーに)を逆に置き換えてみてください。

「パートナーの声は、自分に聴く耳がなければ成り立たない・・・」

今度は、耳の痛い内容になりますね。

 

実は、夫婦仲がむつかしい状況になってしまうプロセスに、まさにこのようなコミュニケーションの停滞があるケースは少なくありません。
そして、どうしてそうなってしまったのかを紐解いていくと、やはりどちらかの「聴く耳」の有る無しに至ります。

 

「聴く耳」を持てるかどうか、相手に持たせられるかどうか。どうやらこれがコミュニケーションの要のようです。

 

  • パートナーに聴いて欲しいときのポイント

いまが適切なタイミングか、相手は聴くことに同意しているのか、テレビや携帯など妨害するものはないか、少し気をつけてみましょう。
誰しも、自分の都合で勝手に「声」を出しておいて、「聴いてない!」と不満を持ってしまいやすいからです。

 

  • 自分が聴くときのポイント

一番わかりやすいのは、手を止めて相手に集中することです。
余談ですが、アメリカ元大統領ビル・クリントン氏と話したことのある人は口々に、「彼は、まるで世界には目の前の私1人しかいないかのように、私の話しを聞いてくれる」と言うそうです。
そんな風に自分の話しを聴いてくれたら、話した人の満足感や安心感はとっても高いでしょうね。
もし今聴くのがムリなら、「少し待って」と伝えましょう。

 

忙しい毎日で頭はいっぱい、目に入ってくる情報もたくさんの毎日です。意識しないと、なかなか「耳」は機能してくれないようです。

「聴く耳」があってこそ会話は成り立つことを、どこかの片隅に覚えつつ、パートナーとの時間を過ごしてみては、いかがでしょうか。